<広告> そのうち、ここら辺にアドセンス広告貼ります(野望)
目次でサクッと把握
0. まとめ
いきなりまとめます。
絵でまとめるとこんな感じのことを、感動物語に仕立てようとして、長文にしてるだけなので、ここまで読めば十分です。読んでくださってありがとう!
ここから先は、本当に無駄に長いから!
1. このブログについて
「初心者がブログでどの程度稼げるか実験する」ことが、このブログの目的。ブログで稼げるのなら、ビジネスとして、ウハウハになるほど稼ぎたいとも思っています。そっちの方が面白そうだし。
そして、どうせブログ書くのなら、今、現在の職場や家庭などから、逃げたいと思っている人が、「ブログで食べていけるほど稼ぐことが本当にできるのか」を知ることができるブログにしたいと思っています。
だって、ブログで食べて行くことが本当にできれば、不本意な仕事や、不本意な家庭から逃げることは可能でしょ? 逆に、ブログで稼げないことが分かれば、ブログに無駄に手を出さずに済むでしょ?
もちろん、ウハウハに稼げた方が面白そうなので、超真剣にやるけど。
あっ、自己紹介が遅れました。
はじめまして、Castella (カステラ女王様 @Rainha_Castella )です。普段はシンデレラ灰かぶりバージョンみたいに、這いつくばってお掃除してます。が、なにかと偉そうだとよく言われます。
好きなことばかりしてるわけでもないけど、嫌なことから逃げるのは、かなり得意です。石の上にも3年?なにそれ美味しいの? 3分で良くない?
2. カステラ女王様の日常
現在、私は、緑豊かなカナダの田舎で、母親業しながら隠居生活を送っています。
外貨を稼ぎに労働していたこともありましたが、ジャガー横田さんもびっくりの年齢で母親になったせいか、母親業(と称した遊び)が楽しすぎて、今の所、それ以外のことをする気になません。不労所得に近い自分個人の収入があるので、夫に万一のことがあっても、娘と2人なら、ギリギリ生きていけます。娘と一緒に遊んでいるだけで、良い母っぽく見えるなんて、美味しすぎる。
私、かなりの低コスト体質で、住居費固定費込みで月に10万円あれば、1人なら普通に暮らせて、MacBook買ったり、なんなら旅行にまでいけてしまいます。娘と2人なら、大物の買い物や旅行は無理になるけど、暮らせてしまう(っていうか、そうなったら、普通に働けばいいとも思ってる)。
そして、今、私自身が得ている不労所得は、ちょうどそのくらいの額です。夫がそこそこ稼ぐので、今現在、自分の不労所得は、生活には使っていません。
朝は自分で焼いたお茶碗でお抹茶飲んで至福の時を過ごし、掃除して、何か作って、散歩して、娘と遊んで、夕ご飯作って食べるとあっと言う間に寝る時間。夜は10時には寝てしまいます。
ちなみに、英語はむちゃくちゃ苦手。20年もカナダに住んでいるのに、自分でも驚くほど喋れません。
英語の読み書きはそこそこできるので、普段の生活は筆談でw 娘の学校の先生との懇談や、銀行との交渉も筆談でw 夫(英語話者だけど、日本語上手)との喧嘩も自分不利になりそうになったら筆談でw
事前に難しい単語のスペルを2つほど練習しておき、「こんなに喋れない人が、こんなに難しい単語を!」という状態をかますと、バカが隠せる上に、全ての会話が記録に残り非常に便利ですw
3. 生い立ち
貧乏だったけど、それに気づかない鈍感力
九州のとある田舎で、貧乏農家の4人兄弟姉妹の長女として生まれました。
間違いなく貧乏だったはずなのですが、何もない家はすっきりしていて、母が書いた掛け軸とか、庭や裏山から採ってきた花や枝ものが飾ってありました。農家だから新鮮で美味しい野菜を食べていたし、海も近かったのでサザエやアワビなど海産物もたっぷり。牛も豚も飼ってたので、肉もたっぷり(一頭丸ごと冷凍して1年かけて食べる)。海行ったり、山行ったり、野宿したりなどのレジャー(?)も普通の家庭以上にやってたので、あまり困ったことがないどころか、我が家はお金持ちくらいに思ってました。私の鈍感力、半端なし。
そういえば、ホテルや旅館に泊まったことは一度もなかったし、下着や靴下、靴、制服以外は、母が作ってくれたり自作だったりしたんですけどね。
高校に入学する時に、世帯収入が200万円以下だと知った時には、正直、心底驚きました。当時、祖父母、両親、4人兄弟姉妹の8人家族だったのに世帯収入200万円以下ってどうよ? 物価が違うって言ったって、当時、新卒のサラリーマンの月収は13万円程度だったわけで。
高校から医学部卒業までの9年間は、1円も金銭的には実家を頼らず、自力でやりくりしたのは、ちょっと自慢です。そんな生活なのに、学生時代にエステ行ったりしてました。低コスト体質ですが、楽をしたり、遊んだりするための出費はしてしまうタイプ。オランダ村やハウステンボスも良く行きました。
多趣味な子供時代
モノ作るの好き、勉強や調べものが好き、ピアノ好き、掃除が好き。今でもこれらは全部好き。
趣味1:モノ作り
モノを作るのは幼いころから好き。今も常に何か作っています。3歳の時には、自分の好きな手触りの糸(木綿のTシャツを裂いたもの)でマフラーを指編みで編みあげました。
はっきりとモノ作りが好きと自覚したのは小学4年の時。モーターや歯車組み合わせて、自分で「こうかな?」「ちがうかな?」「ま、やってみよう」って感じで、綿あめ機作った時。この時の湧き上がるような嬉しさは、今でも昨日のことのように思い出せます。
このタイプの喜びは、(私は)モノを作る以外のことでは味わうことができません。
以降、モーター自体をつくってみたりとか、湯のみ茶碗から裏庭の小屋まで、作れるものはだいたい作ることにしてます。作った方が高くつくこともありますが、モノを作るという喜びや体験には出費してしまいます。モノ作り方面で尊敬する人はペリーヌ物語のペリーヌ。
趣味2:勉強や調べもの
勉強は、やってる割には成績が残念なタイプ。特に余りのある割り算とか、漢字の読み書きとか、今でも苦手です。でも、勉強自体は好きなので、今でも、大学への数学の「宿題」とか解いて(解けないことの方が多い)遊んでいます。医学論文読むのも(好きな分野なら)好き。こういうのは、ほとんど無料〜安い。しつこいようですが、低コスト体質です。
ただ、覚える系は苦手だし、好きではないです。小学2年生の時に、掛け算九九を覚えるのが苦痛で苦痛で、とうとう、2、3、5の段だけ覚えて後は放置したのを皮切りに、「勉強は好きなことしかしない」を頑なに守りました。さすがに、九九は覚えた方が楽だということに中学生の時に気づき、全力で九九覚えたんだけどね。ま、好きだからではなくて、「楽をするために勉強することもある」ということを学んだ中1の夏でしたが、あまりその教訓は生きていません。
今も、一般常識に著しく欠けます。鳴くよウグイスどこだっけ? いい国作ろう誰だっけ?のレベル。かなりヤバいですが、勉強に対する志だけは異様に意識高い系で、尊敬する人は私が隠居決めた頃に71歳で数学博士号とった金子和雄さん。かっこよすぎる。
調べるのも好きで、なんでもかんでもすぐ調べます。ググるのも大好き。でも、調べているうちに、最初何を調べていたか、自分でもよくわからなくなります。今でもそう。
そういえば、極度の方向音痴です。方向音痴のくせに、いろんなところに入り込みたがり、迷子になります。散歩も好きなのですが、雪の日に近所を歩いていて、何かの足跡辿っていって、本気で遭難しそうになったことが1度あります。散歩する時にはGPSが欠かせません。
趣味3:ピアノ
ピアノは兄弟姉妹が増えて祖父母引き取って、実家の家計が更に残念なことになるまで、レッスンとってました。
ソナタ〜モーツアルト+ベートーベンソナタにステップアップするあたりで、月謝が払えなくなり、レッスン終了。以降は自主トレです。
ピアノ? 当然家にはなく、小学校からお下がりでもらった、古い足踏みオルガンがあるだけでした。曲によっては鍵盤足りなかったw
それからン十年経って、もう、医者やめちゃおうかなぁと思ってた頃、私の人生、これでいいのか? とちょっとだけ悩み、カナダのとある大学の教育学部音楽教育科の音楽理論のG先生と、ちょっと有名な演奏家のI先生から、半年間ほど、レッスンを受けたことがありますw ちょっと自慢です。
実は、「とある大学の教育学部音楽教育科」に行きたいなとか、厚かましいこと考えてたんだけどw しつこいようですが、オメデタイです。
結局、その大学の音楽教育学科には行かずに(入試の演奏オーディションには合格した)、グランドピアノを購入(大学資金をそっくりそのまま充当)。今、練習しているのは、ショパンの革命のエチュード、習った期間の割には上達した方ではなかろうか? ピアノ方面で尊敬する人は清水ミチコさん。
ピアノは、おばあさんになっても毎日弾きたいな。
趣味4:掃除
床掃除するのも好きですが、もっとニッチな場所、例えば台所の流し台の下のパイプとか、電灯の傘とか、お手洗いの便座の裏とか、掃除するの大好きです。掃除すると、そのエリアが自分のテリトリーになった気がする。
でも、掃除は好きだけど、あんまり上手じゃないんです。必ずどっかやり残す。全てを忘れて1箇所だけピカピカに磨き、他のところは埃かぶってたりする。丁寧だけど雑。
私にとって掃除は、リアル「信長の野望」的存在。掃除は趣味なので、毎日してますが、好きなところだけ気が向いたやり方で掃除するスタイルなので、全体は残念なことになってる時も多いです。でも、いいの。だって、趣味だから。
ちなみに、掃除機は持っていますが、重たくて持ち歩くのが面倒臭いので、私は箒派です。拭き掃除も好きだけど、使った雑巾を洗うのが嫌なので、ボロ布を利用し、全て使い捨てにしています。掃除方面で尊敬する人は、当然、織田信長w
4. やっぱりドラマチックなことがなかった医学部卒業まで
しつこいようですが、私は基本的にオメデタイ性格な上に、調子に乗りやすく、鈍感力が半端ないので、いろんなことに気づきません。あまり流れに逆らわずに、自転車で動ける距離の中で生活していたら、医師になりました。
きっと、他の人と比べると、貧乏は貧乏だったんだろうけど、高校の時に学費と生活費、全部自力で何とかしたのに引き続き、医学部でも、全ての費用は自力で工面したし、それなりにエステとか旅行とかも行ってたので、あんまり苦労した感じがしません。当時、大学生でエステ行ってるの、周り見ても私だけだったしw
ただ、高校3年の春に、父が体を壊して農業続けられなくなり、都会に引っ越したのは、ラッキーだったかも。田舎に住んでたら大学に行くのに下宿しなくちゃいけなかったから、下宿代稼ぐために、バイトたくさんすることになって大変だっただろうな。
医学部も、そんなに医学が勉強したかったとか、医者になりたかったとかじゃなくて、自転車に乗っていける唯一の学費の安い大学が、そこだけだった(当時は半官半民大学だったので学費は国立と同じ)んですよね。大学の時は、成績は良くはなかったけど、勉強は好きだったので、医学部生活はとても楽しかったです。
相変わらずモノ作りは好きだったので、受験生時代も医学生時代も、地元の和菓子屋さんでカステラ修行(バイト)したり、自分で着る服は自分で作ったりしてました。マクドナルドのキッチンでバイトもしてたことがあります、ハンバーガー作ってみたかったから。
家庭教師は2年くらい頑張ったけど、あまり楽しくなかったのでやめました。教えるんなら、色んな子供がいる塾の方が面白い。講師として5年間楽しめました(最後の1年はやらなかった)。でも、私、塾や予備校には、人生で一度も生徒として行ったことありませんw 塾や予備校に行くには、ちょっと貧乏過ぎたんでw
5. レリゴーな毎日から遅すぎる暗転(ちょっとドラマチック)
レリゴーな毎日:研修医、産業医、労働衛生コンサルタント
大学生活の延長のような研修医時代も楽しかった。研修医は大変と言われていた時代だったけど(今も?)、たまたま入った医局の雰囲気がまあまあ良くて(すごくではない、パワハラもセクハラも満載だけど、他よりマシ)、この程度じゃ、ちっとも寒くないわ。
研修医終了後は、面白そうなモノを沢山作る工場に、産業医として就職。天職でした。技能職のその人でないと作れないモノを作るのを眺めるの最高。レリゴー、レリゴーです。ちっとも寒くないどころか、バンザーイ、君に会えてよかった状態。
産業医を極めたかったので、労働衛生コンサルタント(保健衛生)の資格もとってみました。当然、合格です。そりゃそうよ。私にとってはピカチュウの属性が何かとか、ハウステンボスができたのは何年かとか、その程度の問題しか出ないし。
この頃、カナダ人の夫とも結婚しました。夫は結婚してすぐに、カナダの大学院に進学してしまったので、遠距離での結婚。でも、仕事楽しいから、やめる気しないし、レリゴーです。
遅すぎる暗転:バブル崩壊とメンタルヘルスな産業医活動
でもね、日本一人勝ちと言われたバブル時代は終わり、産業構造は変わります。大卒院卒の優秀な人たちが、技能職の代わりに入ってきます。じん肺や紫外線、赤外線障害対策が中心だった工場の産業医の業務は、メンタルヘルスに置き換わっていきます。
ちなみに、私、メンタルヘルスが大の苦手。心理学も精神科もよく分かりません。自分のこともよくわかんないのに、人のことはもっとわからない。大抵のことって、美味しいもの食べて、好きなことして、良く寝れば解決するんじゃないの? 好きなことどころか寝る時間も与えないで、メンタルヘルス対策っておかしくない?
それまで、半端ない鈍感力とオメデタイ性格のおかげで、あまり辛い思いをせずに、調子に乗って浮かれて暮らしていた毎日は、突然暗転します。遅すぎる。。。適応能力? なにそれ美味しいの? 職場不適応を起こしている人をなんとかするはずの私が、真っ先に職場不適応を起こしてしまいました。
産業医専門医試験にも合格したけど、この頃には、勉強しても、ちっとも楽しくなくなっていました。
そこら辺のことは、元医師だったことを晒して、隠居系ブログを書こうと思った3つの理由にも書いています。
6. カナダの大学院で産業医学を学び、在学中に隠居
そういうわけで、とりあえず、逃げることにしました。決断、早っ!
これ、低コスト体質と不労所得があったおかげです。ビバ! 低コスト体質&不労所得。
なんせ、アテクシ、高校の時から、嫌なところから逃げて自分のしたいことをするためには、お金が大事なのを知ってますからw
ちょうど当時、カナダのケベック州から私の母校の医科大学に産業医学専門の教授が半年ほどいらしていたので、何度かEメールのやりとり後、留学したい旨、相談しに行きました。もちろん、対面ですが、筆談でw 英語喋るの苦手だもん。
あら? なんだかいい感じよ?
TOEFLもSpeaking以外は奇跡的に高得点が1回だけとれて、それを使って入学申請したら、するっと大学院入学許可でてしまいました。ついでに、いつでもカナダで産業医になれるように、カナダの医師国家試験(MCCQE Part1 )にも合格しておきました。自分でも運がいいと思います。
カナダには夫も住んでるし(遠距離結婚中)、ちょうどいい。やっと夫と一緒に住める。
これ、自慢ですが、私、自分の学費は親にも夫にも出してもらったことないんですよ。私ってば、収入少ない時期でも、低コスト体質なので貯金が常にあり、ここぞと言う時にガツンと出せる。いわば、アテクシ、貧乏女王様のエキスパート。
カナダの大学院で学ぶ産業医学はとても興味深く、こんなに英語苦手なのに、成績も日本語でやったはずの小中高大学の時より良かったです。必須10科目のうち、1科目だけ不合格になってしまい、再履修しましたが、2科目(中毒学と統計学)は一位。この2科目は、かなりぶっちぎりの好成績で、中毒学と統計学の教授からは「卒後はウチで博士課程どうですか? 返さなくていい奨学金つけるよ、住むところも用意する、なんならそのままウチで就職もどうぞ。」と言われたほどでした。
でも、気づいてしまった。私がやりたかったのは、中毒学や統計学を、「私が好きなモノを作っている工場」で実践することであって、中毒学や統計学の研究することではないし、ましてやメンタルヘルスではないと。
でも、日本で産業医するのなら、メンタルヘルスは必須。苦手では済まされない。私には無理。かといって、中毒学も統計学も学生として習う分には好きだけど、研究者としてそればかりやりたいほど好きじゃない。
カナダの工場で産業医を。。。と、途中までは思ってたんです。MCCQE part1には合格してたんで、英語(speaking)の点数さえ出せれば、病院で臨床研修できるし、臨床はあまり得意じゃないけど、2年くらいなら、なんとか頑張れる。臨床研修後はPart 2を受験すれば、カナダの大学院で取得した産業医学修士と併せて、資格的にはカナダでも立派に産業医です。
でも、カナダでも産業医は、せいぜい1事業所に1人。その、たった1人の医師を、英語の苦手な外国人医師にする理由はどう考えても「ナイ」。私がカナダ人で、工場で働く人だったら、怒って暴れるレベルで「ナイ」。だからと言って、カナダ人と同じくらいに流暢に英語喋れるように努力する気はもっと「ナイ」。
そうこうしているうちに、妊娠し、不労所得があった私は、「あれ? 隠居すれば良くない?」と、流れるように隠居生活を決めました。40歳すぎてたしw
当時、まだ、カナダの大学院に在学中でしたが、妊娠と同時に卒業試験だけ受け、休学。育児休暇(学生にもある)を2年間取り、修士論文と論文審査(質疑応答等)は娘が2歳になってから再開すればいいことにしたのです。妊娠したおかげ(?)で、華麗に中毒学と統計学のお誘いを雰囲気悪くせずに断ることもできました。つくづく運がいいです。
なお、予定通り、娘が3歳の時に大学院は無事卒業しました。普通の人が2年半で終了する修士課程。私は、5年半かかっちゃったけどね。
7. 有限の時間とブログ
当たり前のことですが、人間、生まれてしまったら、いつかは亡くなります。その率、実に100%。誰にとっても時間は有限です。
隠居生活始めてから10年経ち、すでに50歳をすぎた私には、気乗りしないことや、したくないことをする時間はありません。また、私はバセドウ病+皮膚筋炎患者なので、いつもは無駄に元気だけど、体が全然動かない日もある。体動かない時は、頭も動かないので、時間がもったいなくて仕方ないです。せめて頭だけは動くといいのにな。
長生きするは気満々なんだけどね。歴史とかのすぐには生活の役に立たない系の学問で、70歳で博士とろうとするノリのいいおばあさんになりたい。なんなら100歳の誕生日に、がっつりみんなの前で(嫌がられても)ピアノ弾きたいw
もちろん、誰にとっても有限の時間の中で、好きでやってる遊びが、誰かのためになればラッキーくらいの感じはあるんだけど、やっぱり自分が一番大切だもん。
そういうわけで、このブログ、遊びだからこそ、自分1stで、真剣に書いてます。
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